2015年9月26日

plan-B 定期上映会

下層のアナキズム
講演 / 栗原康 (大学非常勤講師/アナキズム研究)

1918年、米騒動がおこった。のべ人数1000万人。未曾有の大暴動である。大正時代のアナキスト、大杉栄はこの暴動を大阪釜ヶ崎で目撃している。やばい、すごい。テンションのあがった大杉は、小躍りして群集をあおり、そしてこういった。「市民」がみずからの殻をつきやぶり、ゼロになってみずからの生をいきなおそうとしていると。
およそこの資本主義社会では、しあわせな家庭を築き、そのために充分なカネをかせぐことがもとめられている。それをいやがったり、うまくできなかったりすれば、人間じゃないようなあつかいをうける。そしてきまってこういわれるのだ。汝、「市民」になりたまえ。
でも、大杉はいう。ひとがどう生きようとひとの勝手だ。いやなら好きに生きればいいんだし、うまくいかずに虐げられているのであれば、それは「市民」とはちがう生きかたをしているというだけのことだ。その感覚を武器にしてたちあがればいい。みずからの抑圧された存在状況を武器にせよ。オレ、ろくでなし。無数のろくでなしたちが「市民社会」に亀裂をひきおこす。下層のアナキズム。これはいま現在にもつうじることだろうか。そんなことをお話しできたらとおもっている。

《テリーを思って──『山谷』特別上映会》

今回は、私たち山谷制作上映委員会のメンバーだった新井輝久(テリ―)追悼の特別上映会です。
plan-Bでもう部品交換もままならない16ミリの映写機を、30年近くずっと一人でまわし続けた新井輝久。その彼が5月のおわりに亡くなりました――。
●上映時間がいつもの19:00(pm7時)ではなく16:00(pm4時)となっていますのでご注意ください。

7月18日【土】
16:00〜  映画「山谷─やられたらやりかえせ」上映
監督 佐藤満夫・山岡強一 ドキュメンタリー/16mm/カラー/1時間50分

18:00〜20:00  新井輝久(テリ―)をおもう――音と話
出演 小間慶大、天麩羅劇場とその友達たち(伊牟田耕児、おかめ、吉野繁、西村卓也、サトエリ)
野戦之月合唱隊、リュウセイオー龍(踊り)、平井玄、他

20:00頃〜  テリーに献杯

● 場所 plan-B

2015年5月16日

plan-B 定期上映会

「テロルの季節」から──「インパクション」休刊に寄せて―
講演 / 深田卓(インパクト出版会)

左派の運動誌「インパクション」が昨年末に休刊した。1979年の創刊だから(創刊当時は「インパクト」)、35年間、別冊などを加えると200点を超 える ことになる。そのひとつひとつの「特集」をたどってゆけば、80年代、90年代、そして21世紀冒頭の問題群が次々と浮かびあがってくる。
休刊号(197号)の「編集後記」にあるように「この雑誌の周辺に、世代も考え方も違うさまざまな人が読者だったり執筆者になったりして雑誌と絡まりあい、並走しながら時代と格闘してきたのだ」。
そ の第197号の特集は(なんと!)「テロルの季節」。いかにもこの運動誌らしく、時代の予兆を写し取っているといえよう。この35年間は、それ以前の「過 去」と呼ばれる時間帯と切れることなく結びついており、また「未来」とも陸続きの35年間である。わたしたちは何を問題とし、どのような世界を思い描いて いたか?──「インパクション」編集人・深田卓さんをお招きして語っていただく。

2015年3月14日

plan-B 定期上映会

「弾はまだ残っとるがよ、一発残っとるがよ」 ―追悼・菅原文太―
講演 / 藤山顕一郎(映画監督)

昨年11月28日、菅原文太が亡くなった。そのひと月前の11月1日の沖縄知事選挙「オナガ雄志 うまんちゅ 1万人大集会」で、彼は映画『仁義なき闘い』における台詞を引用した応援演説で会場の1万3000を超える人びとに熱い想いを語った――
「仲井・・真・さん、弾はまだ残っとるがよ、一発残っとるがよ」
「この台詞にこめられた意味は彼自身の存在論的意味に於いて、あまりにも政治的だ。これほど現在、この国に於ける政治状況全般を比喩的に包括し方針を提起した言葉は在るまい、少なくとも僕はそう感じる。それは約40年前、東映京都撮影所の熱気に満ちたセット、深作欣二監督の発する、ヨーイ・スタートの掛け声、カチンコが鳴る、〝弾、もう一発残っとるがよ〟と、同じ台詞が彼の肉体から発せられる。カチンコを打つのは僕だ。レインコートに赤腕章を巻いている。すでに終わったはずの冬季闘争なのだが、僕は東撮地区から始まっていた『東制労闘争』に参加していて臨戦態勢を解いてはいなかった。そんな僕に対し彼は、いつも暖かい目線を送ってくれていて……」(藤山顕一郎)
12月「今、最も危険な政権(菅原文太の言葉)」である安倍政権の仕掛けた総選挙で、沖縄では自民党候補に対する「オール沖縄」候補が4戦全勝、それを彼が知ることはなかった……
今回、『仁義なき闘い』シリーズで助監督をつとめ、菅原文太と公私とも懇意にしていた映画監督・藤山顕一郎さんに「菅原文太」を語ってもらう。

なにが意気かよ! Part2 ─佐藤満夫監督虐殺 30年の集い─

12月13日(土)pm4時〜

◯入場料:2,000円
◯交流会:500円

【第1部】 pm4:00〜
映画『山谷─やられたらやりかえせ』
監督 佐藤満夫・山岡強一
ドキュメンタリー/16mm/カラー/1時間50分
●上映後、参加者からの発言あり

【第2部】 pm6:20ころ〜
●対談 小野沢稔彦 vs 天野恵一
「佐藤満夫と同時代の映画を語る」
小野沢稔彦(映像作家・批評家、著書『大島渚の時代/時代のなかの大島 渚』『境界の映画/映画の境界 映画は危機を挑発するか!』)
天野恵一(反天皇制運動連絡会、著書『災後論』『「日の丸・君が代」じかけの天皇制』ほか多数)
●会場からの発言あり

【第3部】 pm7:50ころ〜
●「この時代に、ブレヒトを歌う」
歌/演奏:こぐれみわぞう、大熊ワタル、他

※【番外】 〜11:00ころまで
●交流会(呑み会)

2014年10月18日

plan-B 定期上映会

この真夏の悪夢――イスラエルの50日にも及ぶガザへの破壊と殺戮
講演 / 三井峰雄
(印刷業)

7月8日に始まったイスラエル軍のガザ攻撃は、2000人以上の死者と40万人を超える避難民を出して、8月26日にようやく止まった。市街地や避難所 までも執拗に攻撃を加えて市民を殺傷し、また社会インフラを徹底して破壊するなど、この50日間の攻撃がガザにもたらした災禍は大きく、傷は深い。同じ時 期、ヨルダン川西岸では新たな入植地建設が始まり、家屋破壊と土地の収奪、入植者による組織的暴力が際限なくつづいている。さらにイスラエル国内ではアラ ブ系住民への排撃や、反戦デモに対する激しい攻撃がなされている。
いまから32年前の夏、北部国境を越えてレバノンに侵略したイスラエルは、やはり市街地への攻撃をつづけ、PLO撤退後のパレスチナ人キャンプでは、非 武装の住民の大虐殺事件があった。いわゆる「中東和平」の枠組みが自らの既得権益に矛先が向けられそうになると、いつも逆切れしてへ理屈をこね、全てをご 破算にしようとするのがイスラエルだ。
ガザ攻撃に先立つこと2ヶ月、来日したネタニヤフ首相は、東京と京都で安倍政権の歓待を受けた。またガザ攻撃のさなかでさえ、現役閣僚や国会議員団がイ スラエルを訪れている。防衛、治安の面での関係強化がうたわれる両政府の連携は、いったいどんなおぞましい「繁栄」を思い描いているのか。おぬしも悪よ のー、ではすまないのだ。

2014年8月16日

plan-B 定期上映会

LAスキッド・ロウの歴史と現在
講演 / 友常勉
(東京外国語大学教員)

ロスアンジェルスのホームレスの数は全米最多であり、スキッド・ロウはロス最大のホームレス集住地である。そしてもっとも貧困率が高い。薬物中毒が蔓延 し、警察によるハラスメントに24時間さらされているこの地区では、1970年代には住民の67%が白人で、黒人は21%だった。しかし1980年代の終 わりには住民の多くは黒人になった。
90年代からはジェントリフィケーションと金融資本による土地・空間の支配が進行している。高家賃のアパートとセキュリティ空間を拡大する都市開発は黒 人、貧困層、ホームレスの「犯罪者視」を強め、近隣住民の「モラル・パニック」を煽っている。しかも、「近代アメリカ史における非白人層からの最大の富の 収奪」と呼ばれるサブプライム・ローン危機[2007-2008]が、こうした傾向を一挙に最悪にした。
この報告では、スキッド・ロウの住民に対するインタビューと、ロス・アクション・ネットワーク[LA CAN]やLAMPアートプロジェクトといった住居と人権、ケア・社会復帰プログラム、パブリック・エネミーの音楽フェスティバルなどのホームレス支援活 動を通して、この地区の歴史と現在を紹介する。
同時に空間の金融化=証券化、新自由主義、ジェントリフィケーション、そして社会の監獄化が進行している現在の都市の行方を、地政学的な「スケール」にもとづいて論じてみたいと思う。

2014年4月12日

plan-B 定期上映会

行政の排除に抗して――竪川や荒川での野宿者のたたかい
講演 / 向井宏一郎
(山谷労働者福祉会館活動委員会)

「山谷―やられたらやりかえせ」という映画の中で描かれているのは、約30年前の山谷のたたかいです。使い捨て可能な労働力として、大量の日雇い労働者 がプールされ閉じ込めらた被差別空間としての寄せ場。そこには、最も厳しい条件の下、差別と抑圧にさらされた人々の、ギリギリのところでの連帯と怒り、エ ネルギーが直に渦巻いていました。
90年代、山谷の風景は大きく変わりました。寄せ場は労働力市場としての機能を大幅に縮小しました。では仕事が激減し、ドヤに泊まれなくなった日雇い労 働者はどうしたかというと、公園や河川敷などに勝手に小屋を作り、駅や路上に寝泊まりして、命をつないだのです。野宿者運動のはじまりです!
寄せ場の周辺の公共地に、寄せ場と地政学的に密接な関係を結びながら、野宿する人々。行政の施策が日雇い労働者・野宿者を露骨に差別し排除する中、行政 に対する施策要求を経由するのではなく、空いてる場所に自前で居住権を勝手に実現してしまうこと(=公共圏の自然発生的な占拠)。そこでの行政との反排除 のたたかい。この理念に先行して突発する行動(だがそれは問題の本質を大事なところで的確にとらえる身体的な感覚に裏打ちされています)や、横のつながり だけを信じ、縦のつながり=権力の支配から徹底して身を引き離そうとする中で実現されている直接性こそ、野宿者運動の中に、日雇い労働者のたたかいが直系 として引き継がれていることの証左ではないでしょうか。
ここ数年、竪川や荒川での文字通り行政の排除との全面的な対決が続きました。それらの取り組みを通して、映画に描かれているたたかいが、どのように現在に引き継がれているのか、伝えたいと思います。

2014年2月8日

plan-B 定期上映会

「ヒミツのはなし」
講演 / 渡邊太
(国際脱落者組合/大阪国際大学教員)

ポスト小泉体制として出発した第一次安倍政権は「美しい国」をスローガンとしたが、民主党から政権を奪取した第二次政権のスローガ ンは「日本を取り戻す」である。「美しい国」にせよ「日本を取り戻す」にせよ、何をもって「美しい」と言うのか、取り戻したいのはどのような「日本」であ るのか、あいまいで何とでも言える。だが、「美しい国」という名詞形から「日本を取り戻す」という動詞形への変化は見逃せない。「取り戻す」の主語は何な のか。主体は誰なのか。
この間、特定秘密保護法案が迅速に可決された。9月に法案が公表されて2週間のうちに約9万件のパブリックコメント(8割近くが反対意見)を集めたにも かかわらず、10月に衆院可決、12月に参院可決。このスピード感。もはや「日本を取り戻す」ために大衆的合意は必要としないかのようである。自民党幹事 長は法案に反対するデモを「テロと本質的に変わらない」と述べた。
「特定秘密」のターゲットは防衛、外交、テロ等とされるが、原子力エネルギー、沖縄の米軍基地、TPP交渉、等々「ヒミツ」にしたいことには事欠かない。その先には、「公の秩序」を基本的人権に優先させる自民党憲法改正草案も待ち構えている。
2020年「東京オリンピック」開催が決まり、大阪では「道頓堀プール」の実現が目指されている。都市再開発と零細窮民の排除といういつもの光景がくり 返されるのは明らかだ。「儲からなければ文化ではない」(堺屋太一)だと? 文化をなめるな。うんざりしつつも、ヒミツに包囲された生活空間を社会復帰さ せるために何を共謀すべきか、考えたい。

2013年9月14日

plan-B 定期上映会

「新宿ダンボール村」の日々
講演 / 迫川尚子
(写真家、新宿ベルク副店長)

ほんの15年ほど前、新宿駅西口地下に「ダンボール村」があった。「ホームレス」と呼ばれる者たちが寄りつどい、工夫を重ねてダンボールハウスという 「ホーム」を次々と立ち上げて、ひとつのコミュニティをつくっていたのだ。それに寄り添った支援者によると、その期間は1996年1月24日から98年2 月7日までの約2年間。──このふたつの日付にはそれぞれ重要な意味がある。ひとつは、それまであった西口広場から都庁に通じる地下通路のダンボールハウ スが都によって強制撤去された日。そしてもうひとつは「ハウス内からの失火」によって住民4名が焼死した日だ。
わずか2年余という「短い」期間ではあったが、しかしこのコミュニティには濃密な時間が流れていた。それまでバラバラにされ、見えない存在とされていた 「ホームレス」たちが、若いアーティストが描く色彩とともに鮮やかに姿をみせ、「生きることが闘い」であることを人びとの目にはっきりと焼きつけのだ。そ の「闘い」は、いまもそこかしこで続いている。
今回の上映では、この5月に写真集『新宿ダンボール村』を上梓した迫川尚子さんに、同時代としてのダンボール村を語っていただく。