コロンビア その2

 年も明けてずいぶん寒くなり、コロンビアの熱い興奮はずいぶん遠くなってしまった気もするが、思い出しつつ書き留めておこう。
 
 コロンビアの情勢はとっても悪い、内戦状態で強盗や殺人が日常茶飯事という外務省の触書だったので、私は遺書までしたためて、娘と連れ合いには「一緒に暮らせてよかったよ」と最後の別れのような言葉を残して旅立ったのだが、着いてみればなんと平和な所もいっぱいある国だった。
 ボゴタ空港の機内持ち込み禁止のものリストに、手榴弾や拳銃、ガスバーナーのようなもの、大きなナイフの実物が並べてあるのには、平和ぼけしている日本人の私はびっくりしたけれど。空港の警備の若い軍人さんも人なつっこかった。
 
 首都ボゴタは標高2000Mの高地にあり、赤道に近い国なのに、年間平均気温が16度くらいというところ。事前にそれをSさんに教えてもらってほんとによかった。Tシャツしか持っていかないつもりだったから。ホテルの案内のきれいなお姉さん達は、みんなマントを羽織っていた。
 
 最初の夜は、なんとシェラトンホテル。日本では絶対泊まれないところに、円のおかげで泊まることができた。24時間近く飛行機と乗り継ぎでぼろぼろにくたびれていたので、大きなベッドに潜り込んだときはほんとにうれしかった。
 
 翌日、豪華なバイキングの朝食を食べて(果物がいっぱい!)、サンタマルタへ出発。1時間半小さな飛行機に揺られて降りたところは、亜熱帯の小さな空港。しめって熱い空気と輝く太陽のサンタマルタ。アトムが出迎えてくれて「いらっしゃい!よくきたね。」2年前にブラジルであったベネゼエラのベォナルドとも空港で一緒になり、私を覚えていてくれて感激。
 どかどかと出迎えのタクシーに荷物を詰め(周囲の子ども達がアルバイトで荷物運びをやってくれたので、チップを払った)、車に乗り込み、今日の宿泊所へ。

 会場にはまだ入れないと言うことで、今夜だけビーチのホテルに泊まるとのことだった。会場はビーチから離れ、町の雰囲気とは隔離された林の中だったので、この日だけは観光の気分を味わえた。
 部屋に入って、アトムに日本から持ってきたビオサルー大会へのカンパを渡して一安心。記念撮影も忘れずにしてもらった。
 
 そして、海辺の町を探検。まずはお金をドルからコロンビアペソに両替。恐ろしいコロンビアだから、どんなところに闇両替屋があるのかと、「ドンデ カンビオ(両替どこ)?」とおそるおそる聞きながら歩いたら、何のことはない、鞄屋さんだった。 スペイン語が堪能のHがいなかったら、絶対に両替なんてスムーズに行かない。ここはスペイン語の渦だった。
 
 夕飯は、海辺のレストラン。おいしいとこある?とその辺の人に聞いて教えてもらったところ。6人でわいわい言いながら注文して、一息。おしゃべりをいっぱいして、移動遊園地のようなトラックの荷台に小さな観覧車やボールのいっぱい入った檻が連なった、トレーラーのかわいいのが店の前に来て、写真を撮ったりして小一時間、サンタマルタのビーチの夕暮れを楽しんだ。
 
 料理がなかなかでてこないのを辛抱強く待って、ようやくできて食べていたら突然嵐になった。台風の余波なのか、雷と横殴りの大雨で、あれおあれよという間に店の前の道が川になった。車が浮かびそうなくらい。そして、大きな雷鳴とともに停電。真っ暗になった店の中で、どうやってホテルに帰るか、まだしばらく待つか、どうしよう!と困り果てる私たちの心配をよそに、地元の人たちは雨にずぶぬれになって通りを歩いて帰っていったり、波を立てて車が走っていったり、新しい客が来てなにやら注文したり。

 そのうちお店の人がろうそくを持ってきてくれた。こんなことはよくあることなのだろうな。1時間ほどしてようやく小降りになり、停電も回復して、私たちは小雨の中をホテルに帰った。
 ほんとにいろんなことのあった一日だった。
                       つづく